10番街の殺人(Slaughter On Tenth Avenue)by ベンチャーズ
私が小学生のころ、世の中は空前のエレキブームでした。
放課後の教室では、野球やマンガの話題よりも、まずベンチャーズの話が飛び交っていた記憶があります。
「やっぱりダイアモンド・ヘッドが最高や!」「い~や、パイプラインのほうがカッコええでぇ」「何言うてんねん、ベンチャーズは10番街の殺人が一番やんけ!」-そんな具合に、クラスメイトたちは口角泡を飛ばして盛り上がっていました。
ところが当時の私は流行に疎くて、エレキギターにもバンドにもほとんど関心がなく、その会話はまるで外国語を聞いているようで、正直チンプンカンプンでした。
ただ、その中でひとつだけ、妙に心に引っかかった言葉がありました。
「10番街の殺人」!?
小学生が口にするには、どこか物騒で、大人びた雰囲気のあるタイトルです。
ベンチャーズの代表曲だということもよく分からないまま、「いったいどんな恐ろしい曲なんかな?」と、タイトルだけが頭の中で独り歩きを始めました。
実際の音を知らないからこそ、想像はどこまでも広がり、事件の匂いがするような、どこか不穏でスリリングなイメージが胸の内で膨らんでいったのです。
やがて、そのモヤモヤは抑えきれない好奇心に変わりました。
ある日、意を決して近所のレコード店へ足を運び、「ベンチャーズの10番街の殺人、ください」と、少し背伸びをしたような気持ちでレジに向かいました。
シングル盤のレコードを自分の小遣いで買うのは、これが生まれて初めてのことです。
東芝レコードから出ていた「liberty/リバティ」レーベルのシングルで、値段はたしか330円。
今思えば、子どもにとっては決して安くない出費でしたが、そのときの私は、手にしたばかりのレコードの重みと引き換えなら、少々の出費などどうでもよくなっていました。
家に帰るまでの道のりは、いつもより少しだけ長く感じられました。
レコード袋を握りしめながら、どんな音が飛び出してくるのか、胸が高鳴っていたのを覚えています。
家に着いてから改めてジャケットを眺めてみると、その高揚感はさらに増しました。
フェンダーのジャズマスターを抱えたドン・ウィルソンとノーキー・エドワーズ、ベースを持つボブ・ボーグル、そしてグレッチのドラムセットにスティックを構えているメル・テイラーの4人のメンバーが、どこか余裕のある笑みを浮かべてこちらを見つめています。
その写真は、まだエレキギターというものに馴染みのなかった少年の目には、とてつもなく大人っぽくクールな雰囲気をまとったヒーローたちの姿として映りました。
いよいよドーナツ盤をプレーヤーに乗せ、慎重に針を落とします。
スピーカーから流れ出したのは、いきなり緊迫した空気をまとうディミニッシュコードのスライドダウン。
たった数秒で、日常から切り離された「10番街」という見知らぬ場所へと連れ去られたような感覚に襲われました。
すぐさま、タイトでパワフルなドラムが土台を築き、その上を滑るようにベースのグリッサンドが駆け抜けていきます。
そして、澄みきったトーンと鋭いアタックを備えたエレキギターが満を持して登場し、曲の世界を一気に支配していきました。
とりわけ印象的だったのは、前半部分で炸裂する、あの「テケテケテケテケ」というクロマチックラン奏法です。
当時の日本におけるエレキブームの象徴と言われたフレーズそのもので、まるでギターが喋っているかのように、緊張とスピード感を伴って耳に飛び込んできました。
幼い私にとって、それはそれまで知っていたどんな音楽とも違う、まさに“新しい音の言語”でした。
もっとも、そのとき使っていたのは簡素な卓上レコードプレーヤーだったため、本来は曲の魅力を支えているはずの低音-ベースの滑らかなグリッサンドは、ほとんど聞き取れませんでした。
ドラムの存在感も、いま思えばかなり削がれていたはずです。
それでも十分に衝撃的だったのですから、もし当時、しっかりとしたステレオシステムでベンチャーズの「10番街の殺人」を聴いていたら、私の音楽熱はもっと早く、もっと激しく燃え上がっていたかもしれません。
低音がうねり、スネアが腹に響き、ギターとベースが絡み合うそのダイナミズムを、リアルタイムで味わえなかったことは、今となっては少し惜しい気もします。
とはいえ、簡素な機材であっても、この曲の本質的な魅力は十分に届いていました。
何より強烈な印象を残したのは、ノーキー・エドワーズのリードギターです。
派手な技巧をひけらかすわけでもなく、メロディーライン自体はシンプルでストレート。
しかし、その一音一音には、繊細なニュアンスと独特の緊張感、そして確かな説得力が宿っていました。
ピッキングの強弱、ビブラートのかけ方、音を伸ばすタイミング―どれもさりげないのに、聞き手の感情を揺さぶる力を持っていたのです。
子ども心にも「ただ速く弾けばいいわけじゃないんだ」ということを、この1曲から学んだような気がします。
夢中になってシングルレコードに、何度も何度も針を落としました。
曲が終わるとすぐに、また頭から聴く。2025年の今、冷静に振り返れば、あの頃はおそらく何百回というレベルで「10番街の殺人」を聴き返していたはずです。
学校で友達が「ベンチャーズ知ってるか?」と話しかけてきても、もう「チンプンカンプン」の立場ではありません。
いつの間にか、あのエキセントリックなタイトルの曲が、自分にとっての“入口”であり、“原体験”になっていたのだと思います。
ここで改めて、「10番街の殺人(Slaughter On Tenth Avenue)」という曲そのものについて触れておきたいと思います。
この楽曲は、もともとは1936年のブロードウェイ・ミュージカル『オン・ユア・トウズ(On Your Toes)』の劇中劇のために作曲されたもので、クラシックとジャズ、バレエが交差するような、当時としてはかなり先鋭的な作品世界の一部でした。
つまり、ベンチャーズのオリジナル曲ではなく、長い歴史を持つ既存のナンバーを、1960年代のエレキバンドがロックの文脈で大胆にリメイクしたものなのです。
ベンチャーズ版「10番街の殺人」は、1964年のアルバム『ノック・ミー・アウト(Knock Me Out)』に収録されました。
彼らはオリジナルが持つクラシカルな要素やドラマティックな展開を尊重しつつも、メロディーやリズムをエレキギター中心のロックサウンドへと再構築していきました。
ディミニッシュコードを効果的に使ったイントロの不穏さや、テンションをぐいぐい高めていく構成はそのままに、ギターのトーンやエフェクト、リズムの切れ味を工夫することで、1960年代の若いリスナーにも直感的に訴えかけるインストゥルメンタル・ロックへと昇華させたのです。
また、ベンチャーズの「10番街の殺人」は、単なるアルバム曲にとどまらず、シングルとしてもリリースされ、全米ビルボードチャートで35位という好成績を収めました。
歌詞がないインストゥルメンタルにもかかわらず、多くの人々の耳を捉えた背景には、彼らのアレンジセンスの良さと、エレキギターという新しい楽器の魅力を最大限に引き出した演奏力があったことは間違いありません。
エレキブームの日本においても、ベンチャーズの代表曲のひとつとして長く愛されるようになり、のちに多くのアマチュアバンドがコピーする“定番曲”ともなりました。
今、2026年という時代にあらためてベンチャーズの「10番街の殺人」を聴き返してみると、当時の自分がなぜあれほど心を奪われたのか、その理由がよりはっきりと分かるような気がします。
録音技術や機材の面では、もちろん現代の作品には及ばない部分もあります。
けれど、曲全体を貫く緊張感、メロディーの覚えやすさ、そしてノーキー・エドワーズのギターが持つ“人間味”のある表現力は、時間の経過によって失われるどころか、むしろ一層鮮やかに浮かび上がってきます。
子どものころ、タイトルに感じた“物騒さ”や“怖さ”は、今では、音楽のドラマ性を端的に言い表した言葉だったのだと理解できます。
ベンチャーズが奏でる「10番街の殺人」は、血なまぐさいイメージではなく、サスペンス映画のような緊張と解放、スリルとカタルシスを、エレキギターという楽器を通して描き出した作品だったのです。
あのとき、勇気を出してレコード店でシングル盤を手に取らなければ、ベンチャーズというバンドとも、「10番街の殺人」という名曲とも、ずいぶん遅れて出会っていたかもしれません。
流行に疎かった少年が、1枚のレコードをきっかけに音楽の世界へ足を踏み入れたーその扉を静かに、しかし確実に開いてくれたのが、ほかならぬベンチャーズの「10番街の殺人」だったのだと、今ははっきりと言えます。